怒りのゆくえ

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この春は、ムカッと怒りの沸く
印象的な出来事が2度あった。

春は肝臓の季節、肝は怒り。
冬に溜まった毒素を出すために、
怒りの感情が出るのも自然なことではある。

まわりの友人たちも、怒る出来事が起こってる。

昨年から、自分自身に向き合ってきた。

怒りを我慢する、とか、
言いたいことを我慢する、とか
していくうちに
自分の感覚、感情が麻痺していく。
やりたいことも好きなことも分からなくなる。

最終的に、病む。

わたしの場合は、痛みという症状。
痛みは、怒り。
そして、怒りの奥にあるのは悲しみ。

なので、今回も、

ただただ、
自分から沸き上がる怒りを感じる。
怒りをだす。怒りを抑えない。

車の中で大声で叫ぶのもいい。

で、
怒っている自分に許可をだす。

怒るなんてみっともない。
器が小さい。
恥ずかしい。 
もめるのは嫌だから我慢しよう。

と今までの自分なら自己否定をする。

そして、
こんなことで怒るなんて、、、

とか、

こんなことで怒ってはいけない。

と怒りを抑える。

ということを繰り返してきた。

今、
それを少しずつやめていっている。

今回は、
友人に言われたひとことに、
とても傷ついてイラッときた。

イラッときたことを、相手には言えない。

そして、いつも通り、

こんなことでイラッとする自分は
なんて器が小さいんだ。

と自己否定がはじまる。

でも、今回は、

いやいやいや、イラついていい!
怒ろう!となって。

なんてひどいこを言うんだ。
ひどいひどいひどい!!
わたしが可哀想!

とひとりで怒ってみた。

怒る自分にもオッケーをだす。

しばらく怒りは続いた。

ふとしたときに思い出して、イラッとする。

わたしまだ怒ってる!
もう会いたくないな。
もう友達やめようかな。 

というところまでいって、

引き続き、怒りを感じて出していく。

で、怒る自分にオッケー。

を繰り返した。

それで、少し落ち着いて、
今、怒りの原因となったその出来事を
振り返っても、傷つけられたひとことを
思い出しても、怒りは出ない。
怒りきれたのかな??

もう会いたくない。
友達やめたい。

と、思ったときに。

すごく怒ってるから会いたくない。
すごく怒ってるから友達やめたい。

であって、

すごく怒ってる、がなくなったら、

会いたくない。
友達やめたい。

は、本当の気持ちなのかな??
って違和感を感じた。

ひとしきり怒ってから、
次の段階で少し冷静になって、
どうして、そのひとことにそこまで怒りを感じたのか
掘り下げてみた。

最近、

相手に自分をみる。

相手は自分である。

という考え方がとてもしっくりきていて。

ならば、今回のその友人との出来事も、
その友人の中に自分をみているのではないか、
と思いはじめた。

友人は、わたしを傷つけようと思って、
そのひとことを言ったわけではない。

けれど、
わたしの何かにひっかかって、
わたしは傷ついた。

わたしも、わたしの何気ないひとことで
たくさんいろんな人を傷つけてきたはずだ。
と思った。

そして、その何気ないひとことは、
相手に向けられたものでもあり、
自分にも向けられたものなんだ、と。

相手の傷は、自分の傷でもある。

かつて、自分が他人を傷つけたと同時に、
それが自分を傷つけたことでもあるなら、

その傷に、今回の出来事が反応した。

過去の出来事によって、
本当は傷いていたのに、
本当は怒っていたのに、
自己否定や罪悪感によって
その感情は抑えられて、
そのときについた傷はそのまま忘れ去られた。

今回、
その傷は、そのひとことに反応して、
怒りという炎症をおこした。

炎症を薬で抑えることは、
根本の治癒に導くことではないと、
わたしは実体験で知っている。

炎症は体が治癒にむかっている状態である。

炎症である怒りを抑えずに出しきれたことで、
その傷は、根本的に治癒したかも。
と思った。

いくつか前の記事で、
店員にキレた出来事を書いた。

わたしも、
販売の仕事を長くしてきて、
完璧にいつも接客できたわけではない。

自分の体調や、精神状態によって、
テキトーなときも、ひどいときもあった。

相手のなかに自分をみる。
相手は自分である。

怒りに翻弄されているときは、
こんな風に思えないけれど、
ひとしきり怒って、気持ちが落ち着いたら、
ちゃんと視点を変えて観れるようになる。

怒りを出す方法は、
クッション叩くのもいいし、
大声で叫ぶでもいいし、
何かを切り刻むでもいい。

このような、「2019怒りの春」の出来事があって。

昨晩、大好きなハッピーちゃんのインスタライブを
久しぶりに聞いたら、どんぴしゃでリンクしていた。

ハッピーちゃんも、怒りの沸く出来事があり、
掘り下げていったら、子どもの頃の出来事に
たどり着いたって。

目の前に起こる事象は、
やはりどこかにつながっている。

思い出してそれを手放して解消していくための出来事。

と思ったら、
傷つけられたと思った出来事にも、
その友人にも、
感謝なんだな、と思う。

今すぐには分からないけれど、
自分自身が少しずつ変化していっていると思う。

未来にワクワクしよう♪








沖縄で出会ったもの・針突

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沖縄の旅で出会ったものはたくさんある。

沖縄の最初の夜に、
友達が連れていってくれたお店で、
針突(ハジチ)という入れ墨をした
若い女性に出会った。

そのお店は、
沖縄料理のお店で、
初日の晩に、オリオンの生と、
美味しいお料理に舌鼓を打っていた。

と、
カウンターに座っている若いカップルの
女性の手に目がとまる。

あ!
沖縄の女性がかつて手の甲に施した
といわれている入れ墨してる!!

その彼女に気がついてから
気になってしょうがない。

で、
お店を出るときに、
ひとまず、お店の人に話してみた。

あのカウンターの彼女の
手の入れ墨がめちゃくちゃ気になるんです!

と言うと、

常連さんだと思われるそのカップルを
紹介してくれた。

今どきな感じのとてもきれいなその女性は、
わたしに、その手の甲の入れ墨について、
とてもうれしそうに話してくれた。

この入れ墨は、
針突(ハジチ)と呼ばれるものだということ。

彼女のおばあがしていた針突を自分もしたい
と思って、5年前の22歳のときに右手だけにいれたと。

針突の模様は、その土地土地で、
微妙に違うこと。

針突には、お守り、魔よけ、祈りのような
意味合いがあるとこと。

とにかく、

気づいてくれてありがとう。
興味もってくれてありがとう。
伝えられてとてもうれしい!!

というエネルギーを言葉よりも強く感じた。

彼女の笑顔の輝きからもそれを読み取れた。

沖縄楽しんでくださいね!!

と別れ際には、
元気な声をかけてくれた。

沖縄、最初の夜の、
とても心に残るステキな出会いだった。

恋のようなもの

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芹沢銈介の型染(かたぞめ)がとても好きで。

買ったばかりのこの本は、
わたしのトキメキで埋め尽くされている。

芹沢銈介の型染は、
沖縄の民芸である紅型から生まれたことは知っていた。

まだサラッとしか読んでいないが、
戦前の沖縄に3ヶ月滞在した時期があったと。

沖縄は全くわたしの竜宮です。

後年こう語った、と書かれていた。

うんうんうんうん!!とうなずいてしまう。

わたしも、今年の2月にはじめて沖縄の地を踏んだ。

この沖縄で過ごした6日間が濃すぎて、
まとめておきたいけど、まだできていない。

結論を言ってしまうと、

わたしは沖縄が大好きになった!!

人も、
土地も、
食べ物も、
音楽、文化、民芸も。

なんだか、
キュンキュンして、可愛い!って
思うことが多くて、それはそれは楽しかった。

旅の初日の夜と、
旅の最終日の夜に行ったふたつのお店で、
このポスターを目にする。

わたしの大好きな岡本太郎さん。

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太郎さんも沖縄に魅いられた人だ。

一つの恋のようなものだった。

とある。

うんうんうんうん!!

とうなずいてしまう。

なーんにも考えずに、
なーんの予備知識も持たずに、
親友が誘ってくれた旅に合流した。

まさかこんな気持ちになるなんて
想いもしなかった。

わたしも沖縄に恋したんだ。







怒っていい

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久しぶりに
イライラ地味に激怒する出来事が。

とあるお店の接客がひどすぎた。

接客業を長年やってるから、
ちょっとしたことでは、どうも思わない。
なぜなら店員さんの気持ちも分かること
たくさんあるから。

今回はあきらかにひどくて。

でも、
怒りを表に出せず、溜め込む性格を
長年やってきたので、
とりあえず、一旦は溜め込む。

で、今までは、溜め込んだ怒りは、
そのまま自分の感情の奥底へ沈めて
なかったことにしてきた。

理由は、
事を荒立てたくない、とか、
逆ギレされたら怖い、とか、
我慢すれば済むとか、
嫌な人間と思われたくない、とか。

でも、

怒る!
泣く!
という感情表現を、
我慢せずに出す!

わたしがいちばん苦手で
人前で出来なかった、
人に対して出来なかったことを
去年から少しずつやってきた。

なぜなら、
その我慢が、病気の原因になると分かったから。
症状としては、「痛み」で出る。
わたしの場合は、子宮内膜症の痛み。

で、今回の一件。

購入してから1年ほど経ったタイヤ。

いつも行くガソリンスタンドの店員さんが、

後輪左のタイヤの中の繊維が
切れているかもしれないから、
早めに交換したほうがいいですよ。

と教えてくれた。

とてもわずかな膨らみで、
よくこれに気づいてくれたなあ、
と思うくらい。感謝♪

で、まずは、
車業界に15年いた夫に報告。

外傷はなさそうだということで、
夫がタイヤの販売店に電話。

電話では、

購入してから1年1ヶ月経っているけれど、
メーカーに確認してみます。
交換できる可能性もあるかもしれません。
一度来店してください。

と、丁寧に対応してくれたという。

で、夫に代わって、わたしが販売店へ。

レジにいた店員に、
電話した旨を伝える。 

が、調べない。

ガソリンスタンドで言われたことを伝える。

が、取り合わない。

不良品かもしれないから確認してください、と言うと。

不良品はありえない!!
今までそんなことは一度もなかった。
タイヤを購入して交換してもらうしかありません。
タイヤに原因があるかどうかは、
検査場に出して調べないとわからない。
それには、2ヶ月くらいかかることもある。
一度、タイヤは購入してもらうことになります、
不良品の結果が出たら返金します。

とまくしたてはじめた。

わたしは、目が点である。

電話の話と、まったく対応が違ったから。

その店員の対応があまりにもひどかったけど、
その場では、言えず、、、。

その夜、夫に話して怒りおさまらず。
翌日、店長宛に電話して、すべてを話して、
そのときの店長の対応はよかったので、
納得して落ち着く。

が、後日、
検査結果が!タイヤの不良品だと出た!

電話があり、
返金するのでレシート持ってきてください。

と言われる。

ハア~!!??だ!!

不良品なら、そっちが頭下げて家まで来い!!

と本当は言いたかった。
けど、言えない笑。
 
とりあえず、電話を切って、
また夫に話して、
ガソリン使ってまた行くのは悔しいから、
振り込みしろ!って言うことにしよう。

となる。

でも、また電話するのもなんだか悔しい。

結局、またわたしが販売店へ出向いた。

最初の担当者は見当たらず。
返金対応してくれた店員の感じは悪くなかったが、

10年働いてるが、タイヤの不良品ははじめです。

と、またイラッとすることを言うじゃあないか。

とりあえず、返金作業が終わり、

最後に、

電話でも話したが、
最初の担当者の対応がとてもひどかった!

不良品はありえない、と言われたが、
不良品でしたよね!!

10年働いて、不良品ははじめてと言われましたが、

不良品がありえない!ってことはない!!
ですから!!

こっちは不良品なのに来てるんですよ!!

接客対応どうにかしたほうがいいですよ!

と言いたかったことをぶちまけた。

はあ、スッキリ。

結局、また直接出向いたことで、
自分の口から言いたいこと言えてよかった。

タイヤの不良は事故につながるから、
本来あってはいけないこと。

だから、ほぼほぼないんだろうと思う。

それでも、
人間が作り出すものに、間違いがないなんて
言いきれることはないのだ。

夫もわたしも
長年、物販業界にいて、接客をしてきた。

今回の一番の大きな問題は、
タイヤが不良品だったこと以上に、

接客態度である。

クレーム対応っていちばん大切。

まずは、
お客さんの立場になること。
話をきちんと聞くこと。
そこから、どう対応するか、
自分で判断すること。

媚びへつらうことでもない、
謝れば終わりでもない、
そこに心をきちんと添えること。

自分自身にも改めて♪

今回はひどすぎた。

けど、
わたしは、怒りを出すってことをできた。

そのための出来事??

人生って面白い。







自分の色


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25年前のフレディ・マーキュリーの
自宅前での記念写真に続き、
またまた貴重画像(笑)。

こちらは、20年前、1999年。
エルヴィス・コステロと24歳のわたし。
渋谷のNHKホールでのライヴの後、
楽屋の出待ちして、一緒に記念撮影(笑)。

口半開きの(笑)
この喜びに満ちた顔!(笑)。

当時、ダンナの友達にこの写真見せたら、
「ともちゃん首なし族になってるじゃん。」
って言われた記憶が。
確かに、肩上がりすぎて首なし族。

肩上がりすぎの口半開きが
わたしの最大の喜びスタイルかもしれない(笑)。

高校くらいから大好きになって、
ずっと聴いてきたコステロ。

当時、
バート・バカラックと出したアルバムのツアーで来日。
バート・バカラックと組むことで、
コステロの才能がさらに引き上げられたみたいで、
かなりの傑作アルバム。歌唱力もアップ!
すでに何十年ものキャリアがある
プロミュージシャンにもこういう転機があるんだなあ、
って思うくらい。

長年ファンをやってても、
好き度の波ってあるもので、
あんまり聴かない時期もあれば、
狂ったようにのめり込む時期もある。

この頃は、
そのアルバムの影響もあってか、
最高潮にコステロ熱が上がってた頃。

今思い出すとすごいけど。
当時、コステロファンのサイトかなあ。
なんだったか忘れたけど、
とにかくネット上で知り合った人と約束して、
一緒に出待ちをすることになった。
ちなみに男性。

で、はじめて会うから、
見つけられるか不安だったけど、
どうにか出会うことができて、
一緒に写真撮影の列に並び、
写真を取り合った記憶。

で、後日、その人は、
この写真と、このときのライヴ録音を
CDに焼いて送ってくれた。

しかも、この東京公演の録音と、
わたしは行っていない大阪公演のライヴ録音2枚。

相当なコステロ追っかけの人だったんだね~。

会ったのはその一瞬だけだったし、
名前も覚えてないし、顔も覚えてない、、、。

でも、
その人のおかげで
めちゃくちゃ良い思い出ができて、
本当にうれしかった。

しかも、この来日公演自体も本当に!
最高のステージで。
それがCDで何度も聴けるって超ラッキー。

スマホ時代の今、
大きな会場のライヴでも写真取り放題になったけど。
その昔は、ライヴ会場の入り口で、
カバンの口を開けさせられて、カメラチェックがあった。
んで、会場にカメラ持って入れても、
どこかでフラッシュが光った瞬間に、
タタタッと警備員が走る、という光景があった(笑)。

この当時は、まだカメラチェック時代だったから、
録音してたんだ!スゲー!ってびっくり。

前置きが長い。

記事タイトルの自分の色のこと。

このとき着てたのは、
お気に入りの黄色のダッフルコート。

つい先日、
友人の紹介で、数秘術の先生とお会いすることがあり。
サクサクって、わたしの誕生日をみてくれて、
ラッキーカラーは黄色だと教えてくれた。

そういえば、
黄色なんて、服でも小物でも、
ここ何年もぜんぜん選んでない!!

って思った。

で、ティロティロティロティーンと、
自分史のページをめくり返したときに、
あ、黄色のダッフル着てた時代があったな。

って思い出し。

あの頃、好きなことばっかりやって
めちゃくちゃ人生エンジョイしてたなって。

コステロのこの写真のこととか。
思い出したわけです。

この翌年に結婚してるので、 
趣味もプライベートも仕事も
めちゃくちゃ充実してたやん!この頃って。
まあ、若かったというのもある、、、。

で、
そのエンジョイライフの頃、
きちんとラッキーカラーの黄色を
身に付けていた、わたし(笑)。

ということで、黄色をぼちぼち復活させて、
身に付けていこう!と心に誓った今日この頃。

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きちんと実践中。
黄色のカットソーをインナーにして、
自分で編んだ黄色のくつ下。
一目瞭然ですが、
間違いなくエンジョイしてるわたし。

ラッキーカラーて
あんまり興味なかったんだけど、
意味ある!!(笑)

でも、
いちばん、大切なのは好きか嫌いかだけど。

黄色、可愛くて大好き!

ラッキーカラーという名の自分の色を取り戻す。
本当の好きを取り戻す。

楽器のセンス一ミリもないわたしが、
ともだちのおかげで、ウクレレを弾いて歌うこともできるようになった今日この頃。

これからコステロの歌も歌えたらいいな♪


Elvis Costello, Burt Bacharach - Toledo











あれから20年

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今日は母方の祖母の命日。

気づけば、あれから20年がたった。

1999年の1月15日。

元成人の日で祝日だったその日の夜、
わたしと兄と母は、
居間でテレビを見ていた。

そこには、ただただ穏やかな
時間が流れていた。

そこへ祖母と暮らす叔父さん宅から電話が入り、

祖母がお風呂で亡くなった。

と。

大好きなお風呂の中で、
居眠りでもしてそのまま逝ってしまったらしい。

死に際を誰も見ていないから、
祖母の最後の瞬間の本当のことは
誰にもわからない。

でも、ただただ、
穏やかであったにちがいないと、
わたしは確信している。

なぜなら、
わたしたちもとても穏やかな休日の夜を
過ごしていたから。

だいぶ物忘れも多くなって、
ときおりデイサービスにも行くように
なっていた祖母。

それでも、
身の回りのことは自分でまだできて、

誰にも迷惑かけずに、
潔く、気持ちよく、いい気分で旅立った。
きっと。

小さな頃から、両親の代わりに
めちゃくちゃ面倒みてもらってたわたしにとって、
それはそれは悲しい出来事だった。

関東大震災を経験し、
戦争の中を生き抜き、
物を作ることが好きだった祖母。

あなたの血は脈々とわたしに流れています。

「見てみて♪
くつ下編めたよ、おばちゃん♪」









揚げ餅

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何年かぶりに、鏡餅を揚げ餅に。

鏡餅がカッチカチになりすぎて、
細かく割れなかったので、
芯が残っちゃって、
まわりはサックサクで、
中身がカッチカチなのもできちゃったけども。

それでも、揚げ餅は美味しくて、
やめなれない、とまらない、
で困る。

揚げ餅は、祖母の味。

醤油をたらして食べるのが定番だっけど、
今回は塩で。





フレディ・マーキュリー

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ロンドン・フレディ・マーキュリーの自宅前にて。
19歳のわたし(貴重画像(笑))1994.9.9

巷で話題のクィーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』

昨年の9月頃だったか、夫が、
クィーンの映画が11月に公開されるよ!
って教えてくれてから、心待ちにしてました。

※この先映画のネタバレもあります。

私がクィーンと出会ったのは、25年前の短大生の頃。
中学のときから洋楽を聞き始めて、
まわりに同じような趣味の洋楽を聴く友達がいないまま、
高校時代を過ぎ、
短大に入ったら、洋楽好きの新しい友達ができて、
わたしの洋楽好きがヒートアップした時代。

その中で、お金持ちの友達が(笑)
CDいっぱい持ってて、たくさん貸してくれたんだけど、
その中にクィーンがあって。

クィーンは、気になりつつも、ずっと聴けていなくて、
で、聴いたらはまった!
その友達もクィーンが大好きで、
洋楽ネタ、ブリティッシュロック&ポップネタ、
英国王室のゴシップネタとか
豊富に持ってる子だったので、とても面白かった。

わたしがクィーンに出会った25年前は、
フレディが亡くなってから2年後。

その頃、
新旧問わず、洋楽、特にイギリスのロック&ポップは
本当に良く聴いていたけど、
やはりあの時期はクィーンが一番好きだったのだと思う。

なんせ、短大2年のときの友人とのロンドン&パリへの
卒業旅行の目的のひとつが、
フレディのお墓参りをしよう!だった。

まずは、フレディのお墓がどこにあるか?という
情報を仕入れなくてはいけないわけで。

クィーンの写真集かなにかに載っていた
クィーンのファンクラブの住所へ行ってみることに。

住所を訪ねて辿り着いた建物から、
ファンクラブはすでに移転しており、
確か、そこの建物に住んでいる人が、
ファンクラブの住所を教えてくれたような、、、。

違ったかな??
あ、もしかしたら、その場所になかったから、
電話してみたのかな??
その辺は忘れました。

それでも、運良く!
新しいファンクラブの住所を入手した私たちは、
ようやくファンクラブに辿り着きます。

ファンクラブにはブロンドの可愛いお姉さんがいて、
いろいろ説明してくれたような気がする。

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@ THE OFFICIAL INTERNATIONAL QUEEN FAN CLUB 1994.9.9

そして、ファンクラブ通信のような
ここでしか買えなさそうなパンフを買い込んで、

一番聞きたかったことを聞く。

「フレディのお墓はどこにありますか?」

すると、お姉さんから、

「フレディの骨は、
ご両親がインドへ連れて帰ってしまったので、
ロンドンにお墓はないのよ。」

というような回答が!

なんと!フレディのお墓はロンドンになかった。

最大の目的を失ったわたしたちは、
それならば!と、ロンドンにあるフレディの自宅へ行ってみることに。

フレディの自宅は高いレンガの塀でぐるっと囲まれており、
中は一切見えない。

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@ FREDDIE’S HOME 1994.9.9

その高い塀は、フレディファンの落書きで埋め尽くされていた。
わたしたちも御多分にもれず、記念に落書きさせてもらい、
お花屋さんで買ってきたピンクの可愛いバラをポストイン。

そんなこんなで、フレディのお墓参りは叶わなかったけれど、
さすがにインドにまでお墓参りには行けないので、
これにて目的達成!

あれから、25年、、、。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』により、再び日本でもクィーンブームが。

先日、今までクィーンを聴いたことなかったという年下の友人が、
クィーンにはまって毎日聴いている!と話してくれて、
とってもうれしかった~。

彼女はまだ映画は見ていなかったけど、
きっと見たらまたクィーンの曲の聴こえ方が変わるのかな。

この映画を見て、思ったのは。
わたしのようなもともとのクィーン好きじゃなくて、
クィーンをぜんぜん知らない人が見たら、
どんな感想を持つのかな??ってとても気になった。

巷の噂では、クィーンを知らない若い世代にも
この映画の影響で、
クィーンファンが増えているらしいと聞いてやはりうれしい。

人間誰しも唯一無二の存在だけど、
フレディのその存在感と才能はとても独特。

この映画、わたしにとっては答え合わせのような内容で。

フレディの生い立ち、ご両親のこと、
バンドメンバーとの出会い、
長く付き合っていた彼女のこと。
晩年のフレディを支えた彼氏のこと。

わたしが中途半端に知っていたことの細部が描かれていて、
そういうことだったんだ、、、って思うシーンが多々。

いちばんの衝撃はフレディがインド人であったこと。

なぜなら
イギリス生まれのイギリス人だと思っていたから。

ご両親のどちらかがインド人で、どちらかがイギリス人なのかな、
と思っていたから。
ご両親がどちらもインド人だったのは一番の驚きだった。

でも、フレディがインド人だと知って、
わたしの中ですべてがつながった気がした。

クィーンの楽曲の独特さは、
ロックというくくりには入りきらない。

このボヘミアンラプソディのオペラの要素の素晴らしさ。
オペラなんて聴くことないけど、
スゴイ!って思っちゃう。

それで、やっぱりこの独特さって、
フレディに流れるインドの血、東洋的な要素
があったからなんじゃないか、ってわたしなりの勝手な解釈で
パズルのピースがバババババッって合った感じ。

で、この話も有名だけど、
クィーンは本国イギリスより先に日本でブレイクしたという。

クィーンの曲ってとても繊細で、東洋的な部分も感じられて、
ロックのリズムが最高で、フレディのパフォーマンスは圧倒的で。

詞には、悲しみ、喜び、怒り、楽しみの感情が溢れていて。

すごくエネルギッシュなんだけど、とても優しい、
「慈愛」みたいなものもすごく感じる。

この辺は、フレディのバイセクシャルというセクシャリティも
とても大きく影響しているんだろうな。

フレディ家族のインドからイギリスへの移住だったり、
イギリスに来てから受けた人種差別だったり。
新しい環境の中でも、
自分自身の軸をいつでもしっかりと保ち続けたフレディ。

その強さとしなやかさと、人間くささ。

この部分を、
日本人の持つ繊細な感性が一番最初にキャッチしたんだと思う。

映画の中に、日本のこと大々的には出てこないけど、

あるシーンで、

フレディが

「言葉が分からないのに楽しめているのかな?って思ってたんだ。」
(※うろ覚え)

って話す。

その後に、

その言葉の違う国の観客が、クィーンの曲を大合唱するライブ映像。

これ、日本だよね!って思った。

違うかもだけど。これも勝手に思った(笑)。

日本で愛されたクィーンもちゃんと描いてくれたんだな~って。
思っておくことにする。

わたしの中のクィーンの思い出もうひとつ。

短大を卒業してフリーターになってしばらくして、
バイト先で今の夫と出会う。

ふたりとも音楽好きという共通点があったけど、
夫は、ヘビーメタル。
わたしは、ロック。

近いようでかけ離れている(笑)

わたしはヘビーメタルは嫌い(笑)

夫はロックでは物足りない。
ヘッドバンキングをしないライブなんてありえない(笑)
という感じ。

そこで、クィーンが登場する。

クィーンは、夫も気に入って大好きになり。

ふたりの音楽での唯一の共通点となる。

クィーンの楽曲のどの曲が一番かと聞かれても
どれも好きで選べないな~って思うけど。

この曲は格別。

日本語の歌詞が入る、
手をとりあって- Teo Torriatte (Let Us Cling Together)

日本語の歌詞がまた最高に美しい。

来日時に、通訳さんに頼んで翻訳したもらったらしい。
その通訳さんの詩的な翻訳能力が素晴らしい!



以上、
わたしの出会った、クィーンとフレディ・マーキュリーの記録、覚え書き。




ケーキとたこ焼き

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忘年会 兼 誕生日会に、

久しぶりにケーキを焼く。

我ながらに美味しい!!

みんなも喜んでくれました。

生クリームは、
豆乳となたね油ときび砂糖とかぼす汁で。
植物性ではあるけど、
油の量がめちゃくちゃ多いので、
もうちょっと油量を減らしたいな~と、
今後の課題にしてみよう。

お菓子作り。

基本的に腰が重い。
気がのったときだけ。
よっこらしょ。

でも、作りはじめると楽しかったりする(笑)。

このケーキも焼くまではよっこらしょだけど、
最後のデコレーションのときに、
楽しくてめちゃくちゃテンションがあがる!

生クリームを絞り出すのが楽しい。
庭のハーブを穫ってきて飾るのも楽しい。

腰が重いし、めんどくさいなーって、
ケーキ屋さんで買ってもいいかな、とも思ったけど、

よっこらしょして、よかった!

買ったケーキより、
わたしのケーキが断然美味しい!(笑)

そして、たこ焼き。

先日、友人宅でしたタコパが楽しくて美味しすぎて、再び。

みんなが持ち寄った手料理も美味しくて幸せ。

女3人、男2人。
アラフォー女3人のトークは、
みんなで同時に別々の話をする!(笑)
男たちは戸惑う(笑)。

この世でいちばん自由な生き物はおばちゃんだと思う。

年を取るのは楽しい。

ともだちは宝物。
家族のようなともだちに感謝しかない。

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うちも、たこ焼き焼き機を買うことにする!(笑)




今朝の雲

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パノラマで撮りました。