Tanneつりともみ の 日々

ヒーリングしたり ワークショップしたり 自然の中で暮したり

人と違う  


子どもの頃、牛乳や甘いお菓子やケーキがキライでした。

水道水もそのままでは飲めませんでした。(お茶とかにしないと)

白ごはんだけも苦手。ふりかけとかおかずがないと食べられない。

給食のコッペパンや揚げパン、米飯やソフト麺も苦手。

給食のおかずは唯一好きだった。

でも、牛乳もコッペパンも残さずに小学校の6年間食べましたヨ。

今思うと、ちょっとした拷問だったなと。



日本の食の素晴らしさを給食は台無しにしてしまった~。

唯一、学校の給食室で給食のおばちゃんたちが作る毎日のおかずは

大好きだったのが救いでした。



みんなが好きなものがキライ。

人と違うって子どもにはなかなか辛いものです。

お誕生日会のケーキとか、いらないし!!という感じで。

私はお煎餅があれば十分です。お煎餅にキャンドルを立ててくれれば(笑)

という子どもの私でした。


大人になってようやく。

ああ、私の体に必要ないもの、合わないものを本能で判断していたんだね~、小さなわたし。

牛乳とか、白砂糖とか、添加物とかの自分の体質には合わないのたくさんの不自然なものを。

そんなこんなが原因か、子どものころは病院通いも多く、小学校1年で、入院して手術も経験しました。


20代前半のアトピーの悪化で、薬害に気付き、一切の薬をやめて

自分自身の自然治癒力を信じるようになってからの15年間、病院に行かず一切の薬も飲まず

に生きています。歯医者さんだけはたまに行きますが、歯医者さんだけです。


20代前半で薬をやめたとき、「食」に関しては徹底していませんでした。

もともと「食べる」ことは好きだったので、その制限はしたくなかったのです。

「食べる」ことの制限での精神的なストレスをかけるよりは、そこは自由にして

他でがんばることにしました。


その「他」というのは、体をあたためて自然治癒力を高める入浴療法で。

今話題の「冷えとり」と同じ考え方です。

その自宅でできる療法で、ステロイドのリバウンドという大きな山を越えることができました。


今、病院と薬いらずで生きていることに感謝です。

もともと夫もそれほど薬を飲む人ではなかったけど、完全に使わなくなったことにも感謝です。

私以上に自分の自然治癒力を信じてます(笑)






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津波てんでんこ  


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岩手・釜石へ3度目のハンドリフレのボランティアに行ってきました。

画像は、釜石の海と釜石大観音の後姿です。

今回も、釜石のみなさんのあたたかさにたくさん触れさせていただき

感謝でいっぱいの滞在となりました。


2012年4月、2012年10月、2013年7月の3回で

時間の経過とともに、変化している現地の状況を感じることができました。

釜石の復興住宅の完成は2~4年後の予定ということで、

仮設住宅での不便な生活がまだまだ続きます。

そして、2011年3月11日から約2年半という月日が経過した今、

津波当時のそれぞれの体験をみなさんが話してくださいました。

必死で高台へ逃げながら、後ろを振り返ったときに目に飛び込んできた、

想像を絶する津波の巨大さは「地獄」のようだったと。


「津波てんでんこ」という言葉も教えていただきました。

「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」「自分の命は自分で守れ」(wikipedia)



という意味になるそうです。

古くから伝わる言葉かと思って調べたら、1990年に生まれたものでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/津波てんでんこ

自分ひとりが助かればよい。

という身勝手な言葉のように最初はとらえてしまいましたが、

そうではなく、

普段から、津波が来た場合の状況判断を各自ができるようにしておく

ことで、助かる命が増えるという意味が含まれています。


海に囲まれた日本で、いつどこで津波がおこるかは分かりません。

今回、津波当時の体験を聞かせていただくことで、

自分の身にいつおこってもおかしくないこととして

防災の意識を高めることができました。


津波、地震、水害などの自然災害に対する

防災意識、状況判断する力をつけていくことが必要ですね。


長崎空港までの道のり、大村湾の大きな海をながめるのが

いつも楽しみですが、

今回は行きにながめた海と、岩手の帰りにながめた海とでは

違って見えました。

私たちが生きるためにたくさんの恵みを与えてくれる海も

たくさんの命をうばう大きな災害をもたらすことがある。

それをしっかりと理解して生きていくことが、

私たちにできることのひとつですね。






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選挙  

もうすぐ選挙。

20歳で選挙権を持ってから、18年間ほぼ皆勤賞で選挙に行き投票してきました。

この18年のあいだ、私が投票した人が当選したことはない…。


なぜ私が選挙には必ず行くかというと、両親に

「選挙にだけは行きなさい。」と言われて育ったから。

わがままに自由に放置気味に育てられた私が、守っている唯一のことかもしれない。


私が投票する人はこれからもそう簡単に当選することなないだろう、と思う。

こんなこと言っちゃいけないけれど。


それでも、私は選挙権を持っているかぎり、これからも選挙に行って投票します。


なので、私も言ってみます。

「選挙にだけはいきましょう。」


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梅仕事2013  


akajiso.jpg

梅干し作り、5年目となりました。

これまでの4回は、赤紫蘇を入れない白梅を作っていました。

今年は、とうとう赤紫蘇が初登場!!

ご近所のおばちゃんの畑からやってきた赤紫蘇です。

「梅は漬けたかい?紫蘇は入れたかい?」

と聞かれ、

「梅は漬けたけど、うちの紫蘇はまだ小さくて入れてません~。」

毎度のことながら、種まきに出遅れまだちょっと我が家の小さめの赤紫蘇。

ということで、早速、今朝、おばちゃんが赤紫蘇を抱えて我が家に運んでくれました。


初めての、紫蘇仕事。

まずは、茎から葉っぱだけもぎ取ります。

葉っぱをよく洗ってから、塩をまぶしよく揉んでアクを出します。

アクの出た汁を2回くらい捨てて、その後、梅酢を大匙1~2杯入れると

きれいなピンク色になります!

汁と葉を分けて、梅漬けしている容器の中に汁を先に入れて馴染ませます。

その後、赤紫蘇を上にのせて重石をして終了。


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こんなショッキングピンク!が自然のものから出るなんてびっくりします。

紫蘇の汁が梅酢の酸と化学反応をおこしてこのあざやかな夏の色を作り出す。

保存食作りを私が好きなのは、ちょっと実験的な要素があるからだろうなと(笑)

私の梅干しは、減塩せず、塩をしっかりと効かせるのでしょっぱすっぱいですけど、

しっかりと塩を入れている分、保存は永遠~。

(お塩は精製されたものでなく、自然塩を使ってくださいね。)

でも、ほぼ毎日食べるので、1年持てばいいほうですけど…。

年月の経った梅干ほど、味もまろやかになり、効能が増します。

梅干作りの副産物である梅酢も保存はいつまででもOKです。

梅酢も同じく年月を経るほど、より体に良いものとなってゆきます。


今年の梅仕事、梅と赤紫蘇はいただきものでできました。

梅の剪定のお手伝いと梅、労力とモノの交換しました。

自分で用意したのはお塩だけですみました、感謝です。


今年は梅がどこも豊作だったらしく、たくさん漬けとけ!と数人に言われました。

来年は不作の可能性が高いからだそうです。




category: 食と暮らし

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