日々のきろく

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怒りのゆくえ

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この春は、ムカッと怒りの沸く
印象的な出来事が2度あった。

春は肝臓の季節、肝は怒り。
冬に溜まった毒素を出すために、
怒りの感情が出るのも自然なことではある。

まわりの友人たちも、怒る出来事が起こってる。

昨年から、自分自身に向き合ってきた。

怒りを我慢する、とか、
言いたいことを我慢する、とか
していくうちに
自分の感覚、感情が麻痺していく。
やりたいことも好きなことも分からなくなる。

最終的に、病む。

わたしの場合は、痛みという症状。
痛みは、怒り。
そして、怒りの奥にあるのは悲しみ。

なので、今回も、

ただただ、
自分から沸き上がる怒りを感じる。
怒りをだす。怒りを抑えない。

車の中で大声で叫ぶのもいい。

で、
怒っている自分に許可をだす。

怒るなんてみっともない。
器が小さい。
恥ずかしい。 
もめるのは嫌だから我慢しよう。

と今までの自分なら自己否定をする。

そして、
こんなことで怒るなんて、、、

とか、

こんなことで怒ってはいけない。

と怒りを抑える。

ということを繰り返してきた。

今、
それを少しずつやめていっている。

今回は、
友人に言われたひとことに、
とても傷ついてイラッときた。

イラッときたことを、相手には言えない。

そして、いつも通り、

こんなことでイラッとする自分は
なんて器が小さいんだ。

と自己否定がはじまる。

でも、今回は、

いやいやいや、イラついていい!
怒ろう!となって。

なんてひどいこを言うんだ。
ひどいひどいひどい!!
わたしが可哀想!

とひとりで怒ってみた。

怒る自分にもオッケーをだす。

しばらく怒りは続いた。

ふとしたときに思い出して、イラッとする。

わたしまだ怒ってる!
もう会いたくないな。
もう友達やめようかな。 

というところまでいって、

引き続き、怒りを感じて出していく。

で、怒る自分にオッケー。

を繰り返した。

それで、少し落ち着いて、
今、怒りの原因となったその出来事を
振り返っても、傷つけられたひとことを
思い出しても、怒りは出ない。
怒りきれたのかな??

もう会いたくない。
友達やめたい。

と、思ったときに。

すごく怒ってるから会いたくない。
すごく怒ってるから友達やめたい。

であって、

すごく怒ってる、がなくなったら、

会いたくない。
友達やめたい。

は、本当の気持ちなのかな??
って違和感を感じた。

ひとしきり怒ってから、
次の段階で少し冷静になって、
どうして、そのひとことにそこまで怒りを感じたのか
掘り下げてみた。

最近、

相手に自分をみる。

相手は自分である。

という考え方がとてもしっくりきていて。

ならば、今回のその友人との出来事も、
その友人の中に自分をみているのではないか、
と思いはじめた。

友人は、わたしを傷つけようと思って、
そのひとことを言ったわけではない。

けれど、
わたしの何かにひっかかって、
わたしは傷ついた。

わたしも、わたしの何気ないひとことで
たくさんいろんな人を傷つけてきたはずだ。
と思った。

そして、その何気ないひとことは、
相手に向けられたものでもあり、
自分にも向けられたものなんだ、と。

相手の傷は、自分の傷でもある。

かつて、自分が他人を傷つけたと同時に、
それが自分を傷つけたことでもあるなら、

その傷に、今回の出来事が反応した。

過去の出来事によって、
本当は傷いていたのに、
本当は怒っていたのに、
自己否定や罪悪感によって
その感情は抑えられて、
そのときについた傷はそのまま忘れ去られた。

今回、
その傷は、そのひとことに反応して、
怒りという炎症をおこした。

炎症を薬で抑えることは、
根本の治癒に導くことではないと、
わたしは実体験で知っている。

炎症は体が治癒にむかっている状態である。

炎症である怒りを抑えずに出しきれたことで、
その傷は、根本的に治癒したかも。
と思った。

いくつか前の記事で、
店員にキレた出来事を書いた。

わたしも、
販売の仕事を長くしてきて、
完璧にいつも接客できたわけではない。

自分の体調や、精神状態によって、
テキトーなときも、ひどいときもあった。

相手のなかに自分をみる。
相手は自分である。

怒りに翻弄されているときは、
こんな風に思えないけれど、
ひとしきり怒って、気持ちが落ち着いたら、
ちゃんと視点を変えて観れるようになる。

怒りを出す方法は、
クッション叩くのもいいし、
大声で叫ぶでもいいし、
何かを切り刻むでもいい。

このような、「2019怒りの春」の出来事があって。

昨晩、大好きなハッピーちゃんのインスタライブを
久しぶりに聞いたら、どんぴしゃでリンクしていた。

ハッピーちゃんも、怒りの沸く出来事があり、
掘り下げていったら、子どもの頃の出来事に
たどり着いたって。

目の前に起こる事象は、
やはりどこかにつながっている。

思い出してそれを手放して解消していくための出来事。

と思ったら、
傷つけられたと思った出来事にも、
その友人にも、
感謝なんだな、と思う。

今すぐには分からないけれど、
自分自身が少しずつ変化していっていると思う。

未来にワクワクしよう♪








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